博士課程後期

櫻井幸男
横浜国立大学 地域連携推進機構連携研究員

2022年に博士課程(後期)を修了された櫻井幸男さんに博士課程での研究生活に関してお話を伺いました。博士課程にご関心がある方は、是非ご参考にして下さい。

※所属や肩書は、掲載当時のものになります。

Profile

2018年 博士課程後期入学
2022年 博士課程後期修了 博士(法学)
2023年4月より
横浜国立大学地域連携推進機構連携研究員

 

1.日本は少子高齢化、人口・労働者減少と言った大きな困難に直面しつつあります。そのような時代を迎えるにあたって、大学院・博士課程というのはどういう意味を持つのでしょうか。

現在日本が直面する人口構造や社会環境の大きな変化の中で、大学院・博士課程は、学術の立場から社会的課題に挑んでいく人材を育成する場であり、これにより社会に貢献する意味を持つと考えられます。大学院・博士課程は研究者を養成するだけでなく、実務経験を持つ社会人が体系的な学習を積み、設定した課題の解決策を探り出す知的技術の鍛錬の場でもあるのです。この知的技術は、研究者を含む多職種の人々が実装して、その成果を社会に還元することができます。人の寿命が延びて長い間社会的に活動できるようになったこと、およびITの発達により論文やさまざまな情報の入手が容易になったことが、これを下支えしています。

 

2.横浜国大・国際経済法学専攻の博士課程の魅力はどのようなところにありますか。

第1に、会社等に勤務する社会人に優しい点が最大の魅力です。入学試験では「社会人入試募集要項」を設けており、社会人志願者に対して一定の配慮をしています。合格後、長期履修制度を申請できます。入学後は、調査活動等により単位取得が可能な制度も用意されています。私はこうした社会人向けの制度をすべて活用しました。第2に、総合図書館の論文ネット検索により広範な英語論文を自宅PCから閲覧できますし、法学資料も整っています。第3に、アジア、中東、アフリカ等の留学生が多いことです。修了式では、国際経済法学専攻の学位授与者の日本人は私のみで、残りの9名は留学生でした。なお、横浜国大には法学部はありませんが、大学院の修士及び博士課程に国際経済法学専攻があることを念の為に付記しておきます。

 

3.博士課程での実際の勉強は、どのようなもので、どのような点に楽しみを感じましたか。

博士課程の授業及びゼミでは、「なぜ、どうして」という問いが重要です。ある社会制度を取り上げた場合、単にその制度の概要を理解するだけでなく、なぜその制度ができたのか、どうして現在の形になったのか、過去はどういう経緯をたどったのか、諸外国の制度と比較してどのように評価できるのか、それは一体なぜか、と言う具合です。これを調べてレジュメにまとめるだけでなく、ゼミ等で報告して議論します。そこで、他の人にどのように説明するのか、想定される質問にどう答えるのか、を予め考えることになります。つまり、博士課程の勉強は一人で行うだけではなく、研究室や研究会のメンバーなど多くの人と交流することで成り立ちます。これには相互の信頼関係が必要となるので、報告の当番を遵守する、司会をこなすなどの役割を担うことも大切です。私の場合、オーストラリア人等の外国人研究者との交流や国際会議への参加も重要な活動でしたし、現在もそれを継続しています。以上のように内外の人々との交流によりお互いに啓発しあうことが楽しいと感じました。その前提として、自身が時間をかけて取り組むことのできる有意義な研究課題を選択し、指導教授や研究室の同僚にその課題と問題意識をしっかりと理解してもらうことが重要です。

 

4.博士課程において困難に直面したことはありますか。また、それはどのように乗り越えることができましたか。

私のように40年間会社員であった者と若い頃から研究者だった人とは、自ずから流儀や考え方が異なります。当初この「差」に違和感を覚えました。私の場合、「差」を無理に埋めずに、「差」の利点を生かして、国際研究活動に力を入れました。博士課程の最大の困難は、博士論文の審査です。5名の法学研究者が論文審査委員となり、それぞれ異なった視点から審査を行います。論文審査会は英語でthesis defense meetingですが、論文作成者は自ら論文の正当性を説明し、あらゆる反論に対して防衛する立場です。このため、論文構成に防衛のための防壁を設けたり、研究対象を絞り込んだり、論証のために必要かつ十分なエビデンスを収集します。この一連の防衛作業を経て、当初予想しなかった論文に仕上がりました。困難は、結局は自分のためにあった、と気づかされました。重要なことは、途中で逃げたり、諦めたりせず、腰を据えて取り組むことです。

 

5.人生100年時代と言われる今日、博士学位はあなたにとってどのような意味がありますか。

博士学位を受けて、さまざまな課題の「なぜ、どうして」という問いに、自分なりの回答を用意することができる、また、そうしたいと思うようになりました。これは、自律(autonomy)又は自己決定権(right to self-determination)という言葉で表現できます。実に大学卒業後42年たって、私はこの意識を持つようになったのです。しかし、多くの人々は日々の生活や仕事に追われ、自分で物事を掘り下げて考える余裕はありません。私は、こうした多忙な人々の分まで学術に取り組む機会を与えられたと感じています。博士学位は私の日々の学術の活動を支えてくれる「土台」としての意味があります。また、国際活動においては、研究者間の交流を促す学術パスポートの意味もあります。

 

6.博士課程への進学を選択肢の一つにしているような学生さんや社会人の方々に一言メッセージをお願いします。

私は入学時に設定した目標どおり、2022年9月に65歳で博士(法学)を授与されました。修了式は、英語でcommencement ceremonyですが、まさに「始まり」の場です。修了後間もなく、博士論文に収めきれなかった領域を研究すると決め、現在その作業に従事しています。研究は自分自身への挑戦であると同時に、研究する者同士の交流を促す場でもあります。とくに、法学研究には社会調査や実験は必要なく、知的好奇心と文献があれば遂行可能です。多少工夫すれば、職業を持ちながら研究できます。私が最大限利用した、横浜国大の「社会人入試募集要項」の社会人向け制度をご理解され、志ある方々が、扉を開けて一歩踏み出すことを期待します。
Bon voyage!

 

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